スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ボタン

写真00175-1

日本庭園に向かいました。
ボタンが今を盛りと咲いていました。
日向の花びらは、しおれ気味でしたので、日陰の白のボタンにピントを合わせました。
背景のボケが気に入っています。
スポンサーサイト

背景を替えて

写真00038-1

周りの風景を入れて撮りました。
人間の顔に見えませんか。

昭和記念公園の花花

写真00301-1

昨日・4/29昭和の日、昭和記念公園に行ってきました。
国分寺の駅もこんでいました。
10時に着きましたが、たくさんの人出でした。
早速、マクロでねらいました。
背景を考えながら撮りました。
ポピーの仲間でしょうが、ちょっと変わった形でした。
前ボケが面白いと思い添付しました。

地元を記録する会

写真00001-1

朝の6時ごろである。
近所の知人が、小さな6・6版の密着の写真を持ってきた。
「この間、自治会の回覧板で、古い写真を集めているというのを見たんですよ。家にもあったので持ってきたんです。」
「有難うございます。何処の写真なんですか。」
「お宅の奥さんのお兄さんが、私の家の庭で撮った物なんです。たぶん、昭和18年に間違いないと思います。」
見れば、モーターではない発動機が写ったいる。
家内の話だと麦の脱穀だろうということだ。
今は亡き家内の兄が、写真好きというのは聞いていたが、戦時中とは貴重な写真である。
それに、市民の方が私どもの運動に反応してくれたのがうれしかった。
早速、スキャンして会長にメールした。
若い現役の会長だが、メールを夕方開けたらしい。
これから、原画を戴きに行くというのである。
こちらは、すでに好物を戴いて、極楽極楽だったので、お願いした。
そして、今、写真を6つ切りにコピーした。
明日朝、家内が知人宅に、御礼の印に届けることになった。

未来のことを話しても、なかなか人はつながらないが、過去はみんなをすぐに結びつける。

富弘美術館

090426体操 009-1

都電荒川線の撮影会だった。
右の股関節に違和感がある。
昨日、調子に乗って、歩く機械、我が家のウォーカーをやり過ぎらしい。
残念だが、月曜日にも遠出があるので、今日は撮影会をガマンした。
夕飯の時、全日本体操選手権をやっていた。
途中からだが見物する。
そのとき、選手が鉄棒から落下したのである。
足からだったのですぐに、立ち上がった。
心配なさそうだった。
ふと、体操の選手で不運にも怪我をした、星野富弘先生のことを思い出した。
ご存知、中学の体操の指導をしている時に落下、頚骨の損傷、手足が麻痺になってしまった先生である。
画家、詩人、エッセイストとして、外国までも知られている方である。

現役の時、修学旅行の付き添いに行った。
行き先が日光だったので、出来たばかりの富弘美術館の見学が予定されていた。
もうすぐだと思っていたら、子どもが急に
「先生、おしっこがしたい。」
と言い出したのである。
「もうすぐだよ。ガマンできないかな。」
と、担任の先生も弱っている。
「先生、ガマンできないよ。」
すかさず、
「運転手さん、どこでもいいから、止めてください。」
と、頼んだ。
田んぼの見晴らしのいいところで、バスは止まった。
女の担任が着いて来そうだったので、
「行ってあげるよ。」
子どもと二人で降りた。
田んぼの土手で、二人並んで立小便をした。
みんな、バスの窓から見ていた。
バスに戻るときに、子どもが
「校長先生も、一緒にしてくれて有難う。」
「先生もガマンしていたんだよ。」
バスに戻っても、誰も笑わなかった。

富弘美術館のことが話題になると、このことを必ず思い出す。

分かりました


更科紀行 
芭蕉 45歳

十六夜も まだ更科の 郡かな

川中島句碑

写真00010ぼかし-1

句碑のブログを見たメル友から、他にもないのかという電話があった。
川中島の古戦場跡の神社の境内にあった。
芭蕉の作らしい。
どなたか読めますか。
更科の郡・・・十六夜も  
あとは分からない。

ゴーヤ

写真00004-1

数日前に植えたゴーヤが元気である。
ここ数年、毎年植えている。
今年は、200円だそうだ。
7本買ってきたとのことである。
1400円、それに土と肥料となると、作るだけが楽しみということになる。

写真00007-1

庭の隅に、蕗が伸びていた。
丈は、20センチほどだ。
食用にはまだ早い。
直射日光が強いので、葉が少々垂れていた。

庭はみどり

写真00018-1

このバラが咲くときには、我が家では年に一度必ず話題になる。
この焼き物のジョンレノンは、上の息子が中学のときに焼いたものである。
35,6年も前の作品だ。
7、8年前から、このバラの花の間で庭を見て居る。
今朝、息子が
「花が咲いたな。満開だ。」
と、ジョンに話しかけていた。
もう一つは、家内の自慢話である。
いとこが、ビートルズを日本に連れてきたというのである。
そのいとこは、10年ほど前に亡くなった。
追悼文集には、阿久悠や石川さゆりの追悼の言葉があった。

桜の高遠城址

写真00131-1

残念ながら、桜は終わっていた。
それにしても、さくらの木の数はすごい。
これが咲いたら、見事だと思う。
それでも、観光バスはあとから後からと滑り込んでくる。
バスの駐車場から本丸跡まで上る。
途中に、こんな句碑があった。
 西駒は斑雪(はだれ)てし尾を肌脱ぐ雲を
                河東碧梧桐
西方、駒ケ岳の残雪の雪形が駒(馬)のようになったと、解説してある。

近くに「絵島囲い屋敷」という史跡もある。
大奥の権力争いの犠牲者だという解説が流れてくる。
役者との浮気のことだと思っていたのに、まあまあいろいろあるものだ。

そして、諏訪を回って埼玉に向かう。
行きは関越だったが、帰りは中央道から圏央道、そして関越のコースである。
本川越前に、8時ごろ着いた。
そして、駅前で軽く解散式。
10時半に帰宅。

古い回向柱

写真00106-1

ガイドさんから、柱をさわれなかった人は裏に古いのがありますとのこと。
こちらもご利益があるんですと聞いた。
7年ごとだから、そんなに古くはないが、だんだん溶けて腐って50センチほどのもある。
通りがかりの奥さんに、こちらもご利益があるんだそうですよ、と教えてあげる。
これはこれはと、喜んでお祈りしている。
7,8本あったから、古いのは50年も昔のものなのだろう。

祈る

写真00116-1
両手を着いて、祈る。
外国の宗教には、座ったり、腹ばいになったりいろいろな祈りの作法があるが、ここでは回向柱に両手を着いている。
そこまではいけなかったので、2,3m離れていたが、仏様とはつながらずに、家内安全を祈った。
いそがしくて、時間がないんです。
勘弁して下さい。
長い人は、1分も柱に手を着いている。
通り過ぎている人はたくさんいる、気持ちはみんな同じだろう。
こちらは、写真でこの様子を世界に発信しますよと、また、押す。

7年に一度の御開帳


写真00118-1

今回のツアー、最大の観光である。
善光寺には、20年も前に来たことがあるが、まったく様変わりしていて、どっちが駅なのかお寺なのか、すぐには分からなかった。
だらだら野坂を上る。
たくさんの人が並んでいる。
ここが最後尾の看板が見える。
前立ち本尊の回向柱まで、40分と放送している。
とても並べない。
柱がだんだん近くなる。
まず、お参りにいこうということになる

高田城の夜桜


湯田中の宿から高田までは、1時間はかかる。
夕食が済んで、希望者だけ出かける。
バスを降りると、案内の灯りはあるが、暗い。
ガイドさんに迷子にならないようにと注意を受けて、見学。
花はすでに終わっていた。
19日の日曜で最後だそうだ。
風で寄せ集められた桜の花しべの上をふわふわと写真00096-1
歩く。

城の夜景が浮かび上がっている。
手持ちでは苦しかったが、何枚も押す。

谷厳寺の枝垂れ

写真00064-1

こくごんじとお呼びするそうだ。
場所は、中野市である。
大きなお寺さんで、たくさんの花が見られる。
アジサイよし。
モミジよし。
雪のころも良しとある。
観光地のような寺である。
立派な大きな八体仏があるとパンフにはあるが、残念、お目にかからなかった。

坪井のさくら

写真00041-1

山あいに、枝垂桜があった。
地元の方が整理したのだろうか、畑道には木片が敷き詰められていた。
わずかな数日の命のために、ご苦労様、感謝。
「花の下で死にたい」という西行の歌があるが、根元には墓石が20体ほどあった。

対決


そうそ、出かけた日を書き忘れた。
17,18日の湯田中温泉泊りの旅だった。写真00006-1

信玄・謙信の対決は、有名すぎるが、日曜放送の「天地人」と重なってか、たくさんの人出だった。

三人旅・善光寺御開帳

写真00014-1

三人旅という、旧友の集まりがある。
毎年、2、3回は旅をする。
退職して間もなくからだから、12,3年になる。
幹事が好きな時に、好きな所に行く面白い旅である。
三人とも年に不足はないから、何回も行った所が上がってくる。
それでも、他の二人は黙って付いて行く。
全く気の置けない会であるり、旅である。
今年は、善光寺さんのご開帳だそうだ。
うまい具合にというと善光寺さんに申し訳ないが、三人とも初めてである。
七年に一度ということで、桜とアンズの里見物との組み合わせのツアーてある。
アンズはすでに終わっていたので、急きょ川中島の決戦後ということになった。
ここは、有名な古戦場だが何回も通り過ぎた所である。

花をお借りして・トリミング

写真00034-1

昨日までの作品は、撮りっ放しの生のものばかりだった。
今日添付したのは、縦横の比が違っている。
今日先生にトリミングして頂いたものだ。
原画は上と右を5ミリ、下が22ミリ程カットしてある。
右をカットしているから、中心は少々右に寄ったことになる。
なぜか。
先生の解説はなかったが、たぶん、左下からの花の流れと石仏のバランスを考えたのだろうと思う。

地元の写真仲間に、トリミングをきらう人がいる。
最初に構えたのが作品だ、というのである。
確かに、三脚構えて構図を決めて撮るのだから、これにも一理あると思う。
しかし、手持ちでスナップ風に撮ったものなどは、ぶざまである。
人に見せるんだから、すっぴんぴんの生面でなくて、最高のポーズをとらねばと思う。
それが、作品を見せるということだし、人の前に発表することだ。

トリミングの話になってしまったが、この白い花は近くのお墓から拝借したものである。
もちろん、お寺さんからお許しを戴いてある。
仲間がセッティングしたのを、ちょつと失礼して横から撮らしてもらった。
自分のアイディアでの作品でないので、昨日には添付を控えた。

仏の上に


写真00155-1

下からねらっていると、仏さんが見える。
5番・地蔵寺に地蔵菩薩。
ご縁で、上に乗ってもらった。
高い所から、外を見ていらっしゃる。

菩薩誕生

写真00019-1

本堂の裏の方に、こんな真新しい六地蔵菩薩がいらっしゃった。
コケもなくて、傷も無くて、無垢な仏さんもいいもんだ。
皆さんが、拝めば拝むほど、ありがたくなる。

前ボケの花

写真00113-1

お墓の中の仏さんに、ご登場願った。
周辺の塔婆や墓石をはずのに苦労した。

逆光と木のシルエット

写真00085-1

木のシルエットが面白かったので、押す。

ケヤキの大樹


山門のすぐ側に、ケヤキの大木がある。
説明があったが、ちょっと失念。
遠くに地蔵さんをいれて撮る。写真00078-1

引越しした不動様

写真00076-1

梅岩寺 東村山市


梅岩寺さんは、久しぶりである。
団体に所属したころであるから、10年は過ぎている。
東村山の駅から歩いて、15分ほどかかった。
前に来たときより,遠く感じられた。
歳月のせいだろう。
お寺さんも整備されて、大分変わっていた。
ただ、山門を入ってすぐの札所めぐりの仏さんは、前の通りだった。
近くにあった不動様が、40メートルほど先の庭の隅のほうに、屋根付きでいらっしゃる。

写真00006-1

ちょっと  暗めかな
プラスにしたんですが

しゃくなげ

写真00012-1

これ なんに見えますか
せみのようにも見えるし
舌を出した人の顔にも見えるし
そうですね
花が美しく見えると
何にでも見えてくるんですね
実は、石楠花のつぼみなんです
我が家では、5.6年前までは石楠花は4/29・昭和の日ころが満開だったんです
それが早くなってきたんですね
花が早く咲くのはいいことですが
それにしても 花の前倒しが多くなりましたね

今日は、富士山の桜を撮りに行きませんかと先輩に誘われたのですが、
息子の昇進祝いを約束していたので、
テーブルホトで、ガマンしました。

二輪草が三輪草に

写真00005-1

二輪草は
やはり三輪草になったのである。
操かたき川中美幸の花が、なんともなんとも。
しかし、どうも大輪になりそうも無い。
プロフィール

田舎教師

Author:田舎教師
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。