スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

千鳥が淵・靖国神社





少々、肌寒い日でした。

2月下旬の頃だそうです。

それでも、サクラは満開でした。

たくさんの人出でした。




ボート乗り場は、時間待ちの人で、ごった返していました。

50メートルも並んでいました。

カモが、餌につられてやってきました。



乾門まで行くと、道ばたにこんな色のよいサクラがありました。

みんな、カメラで、ケータイで撮っていました。

眺めている人はいませんでした。


そして、最後に靖国神社に向かいました。

こちらも、ごった返していました。

お酒も売っていましたから、みんなにぎやかでした。


25歳で戦争にいった青年の遺言がありました。

たくさんの人だかりでした。

「兄は戦争に行く。二度と会うことは出来ぬ。・・・兄が戦死と聞いたら、父母に良く仕えてくれ。・・・兄の墓を建ててくれ。最後の願いだ。・・・・・妹よ。君は勝気なるがゆえに心配だ。・・・・・君の花嫁姿は何処かの地下で手をたたいて喜んで見ている。」
 昭和14年3月10日 戦死

戦争は、「悪」だと言うのに、いまだに絶えません。

複雑な思いで、帰路につきました。

スポンサーサイト

さくら祭り

天気は、上々、サクラもほぼ満開。

地元で、サクラ祭りがありました。

万葉集に登場する歴史の古い地区なんですが、地元の人が集まる自治会の祭りが無かったんですね。

そこで、10年ほど前から、サクラ祭りが始まったんです。

数年前に、自治会長を仰せつかったことがあるものですから、特別、愛着のある祭りなんです。

さっき、行って来ました。

舞台で楽しい歌声が、始まっていました。


今年から、福引で特賞に自転車も当たるんだそうです。

みんな、楽しみに待っているんだそうです。

お客さんも、大きな口開けて、頂いています。
子どもさんも、たくさん来ていました。

楽しそうですね。

何を話しているんでしょうね。

隣の方は、地元の校長先生でした。

20歳も下の方ですから、恐縮してあいさつを受けました。

ついつい、先輩ぶったわけではないですが、地元の教育の歴史など申し上げました。
あんまり長くなって元思い、校長先生と一緒に、引き上げました。

これは、今日の料理なんですね。

役員さんが作ったものです。

お神酒と焼きソバと田楽で、450円。

食べる前に、パチリしました。

まだ、祭りの放送がかすかに聞こえてきます。



冷酒を2杯、いい気持ちで、先ほど帰りました。

息子たち


隣に住んでいるんですが、上の息子が時々、やってきます。

来れば、ここ一年、自分が会社から命じられた、新宿の地下街に料理屋を出店する話です。

こちらが、若い企業戦士の頃、こんなに燃えていたろうかと思うほどです。

ジュンジョウデナイ燃え方です。

最初は自費で、外国視察なんです。

そのうち、会社も熱意を理解したのか、出店の運びになったようです。

上司から、なかなかオーケーをいただけなかった話。

先輩からのアドバイス。

納得いかなかったが、その場では引いた話。

それはそれは、燃えっぱなしでした。

それが、4,5日前にやっと開店にこぎつけたんです。

そこまではよかったんですが、腰痛でダウン。

どうなることかと、こちらも心配でした。

お店が、コンランしている様子が見えるようです。

家に来ては、俺が命を懸けてやった仕事だと、息巻いていたのに。

隣で見ていても、気の毒で可愛そうでした。

ネットでぎっくり腰を調べてほしいと、電話をしてきました。

今は、便利。

近くの病院の整形外科の先生は誰で、経験はどの程度か、分かってしまうんですね。

嫁さんは、もっと詳しく予約時間まで調べたようです。

それが、先ほどイタイイタイと言いながら、やってきたんです。

実は、下の息子が、仕事の関係でこちらに帰ってきたんです。

久しぶりに、4人そろいました。

上の息子は、ビール大好きなんですが、腰のことを思ってか飲みませんでした。

明日の病院行きの話が中心でした。

帰って、嫁さんと相談するそうです。

明日は、嫁さんの学校の卒業式のはずです。

代わりに付き添いに行くよと、話しておきました。

下の息子は、どうしても事務所に帰ると言うんです。

夜、11時の電車に乗りたいと言ってます。

荷物を持ってやることにしました。

自転車に積んで、駅まで1キロ、二人で走りました。



上のは腰が痛いだろうが、ふたりの息子とこんなに話し合ったのは、久しぶりでした。

駅からの帰りに、満月に近い月が出ていました。

樹のイメージ


朝からの恵みの雨。

花粉に悩まされていますので、雨の中、ウォーク。

長靴はいて、はがきを出して、そのあと、すたこらすたこら。

花粉が飛んでいないと思うと、思いっきりの深呼吸。

こんな樹がありました。

皆さん、なんに見えますか。

なにも見えてこない・・・・・・

歯が抜けて、口が小さくなった老婆に見えてくるんです。

ホホズリすする相手は何でしょう。

イメージ・トレーニング。

遅咲きコブシ


朝からよいお天気。

東京のサクラ開花宣言があったのに。

花粉がこわくて、家の中でお仕事。

でも、5分だけ庭に出てみると、こぶしが咲いていました。

庭の直径50センチ程の大木になったこぶしが、やっと咲きそうです。

毎年、遅咲きなんですが、こんなに暖かくては、

近所のこぶしに追いつくでしょう。

城ヶ島ぶらり


地元の同業者OB会で、昨日3/18、城ヶ島に行ってきました。

この会は、平均年齢、70歳、下は60、上は80歳。

皆元気、14名で歩きました。

まず、三崎口からバスに乗り、大橋を渡り白秋の碑前で、下車。

三崎を愛した白秋の記念館もあります。

 雨は降る降る 城ヶ島の磯に 利休ねずみの

思わず、口にでました。

利休ねずみの雨って、どんな雨なんだろうとつぶやいている会員がいました。

利休が好きだったねずみの色だと聞いたことがありますが、どうなんでしょうかね。

お茶の始祖だから、緑とねずみ色くらいのイメージが、浮かびます。

案内の看板には、白秋の若き日の醜聞も記されていました。

有名な「桐の花事件」ですね。

25,6のころ、近くの年上の人妻と関係があった話ですね。

そうそ、たしかあれは逮捕されたんです。

今と違って、明治時代、不倫関係は姦通罪で訴えられたんです。

今の世ですと、ずいぶん引っかかる人がいますね。

白秋は詩も歌も作りましたが、歌人は多感なんですね。

ご存知、歌の神様、斉藤茂吉だって50歳のころ、子どもほど違う20いくつかの弟子と出来てしまったんです。

会員には、俳人が何人かいますが、大俳人で浮いた話はどうなんでしょうか。

ワビ、サビが原点。

芭蕉のように、隣の部屋に遊女が寝ている程度なんですかね。

いい話があったら教えてください。

さてさて、公園から遊歩道を通って海岸に出ました。


うみうの展望台です。

毎年、11月から4月にかけて飛んでくると案内板にありました。

白く見えるのは、鵜の糞なんですよ。

鳥の糞が、肥料になった時代がありましたね。

チリの国から輸入したんだと、隣の仲間が話してくれました。

そういえば、社会科で習ったような気がします。

爆薬の原料になった話、有名ですよね。

戦国時代は、人糞でも爆薬を作ったと物知りが教えてくれました。

ほんとですかね。


そして、有名な「馬の背の洞門」。

別名、「めがね岩」とも言うそうです。

渡ってみたい気もしますが、「危険」と表示がありました。

地元のおばあさんが、岩ノリを売っていました。

おいしそうで手ごろでしたが、荷物になるのでよしました。



海岸でツリをしている人です。

ポーズが面白かったので、押しました。

そして、バス停まで、お店の並ぶ坂道を歩きました。

お土産買う人、買わぬ人。

みんな老後を楽しんでいる集団です。

バスも、電車も、ぐっすり眠ってしまいました。

眠り込んで、間違えて途中の横浜で早く降りて、迷子になった会員もいました。



所沢で解散式をやるんだそうです。

無事に帰れたと言う、「山祝い」です。

レインボーブリッジ ウォーク


小学生のときの同級生から、急な電話があった。

「レインボウブリッジを歩いた事があるそうだが、案内してくれ。」

と言うのである。

今日しかないと言うので、3/13、出かけることにした。

芝浦ふ頭で「ゆりかもめ」を降りて、北コースを歩いた。

風か、少々あった。

あれが、晴海ふ頭、浜離宮、花火を上げる所と説明してあげた。

ジェット機も飛んでいる。

球体のフジテレビも見える。

お台場も見える。

日曜のドラマ「篤姫」の砲台の話も、付け加えた。
これは、晴海ふ頭からの大型客船である。

半年ほど前の撮影会で撮ったものだ。

大きさから言って、外国行きだったろう。

記念に土産に上げた。



20年ぶりに会った古い仲間と、昔のことは何にも話さずに、一日、ただ歩いた。

新木場を回り、飯能行きに乗る。

大判写真の会


今日は、地元の友人から、大判写真の会に出展しているからと誘われました。

上野の都の美術館まで、仲間6人で見学してきました。

4の5、8×10で撮った全倍の写真が、100点も並んでいました。

圧巻でした。

せいぜい全紙までしか伸ばしたことの無い、仲間。

度肝を抜かれていました。

私は、3回目の見学でしたが、それでも圧倒されました。

カメラ界は、デジカメ万能の時代になったカンがありますが、フィルムの力を見せ付けられたような気がします。

ですが、です。

このフィルムの色だって、本物とは違います。

現実は、こんなふうには見えません。

やはり作られた色です。

強調された色です。

朝焼けは、見た目より焼き付けると赤くなります。

緑だっておんなじ現象が、出でいるはずです。

デジカメの色が不自然だと言う人がいますが、フィルムと比べると不自然だと言うことです。

あと、10年くらいたつとデジカメの色の方が、自然に見える人が多くなってくるように思えるんですが。

いかがでしょうか。







それから、新宿御苑を散歩しました。

梅が満開でした。

松と梅の前で、女の子二人連れが、なにやら楽しそうに食べていました。

休みの日でもないのに、いいご身分です。



新宿は、4時ではどこのお店もしまっていました。

40分ほど電車に乗って、所沢で一杯やることにしました。

始まると、隣の席の3人連れが、なんと、川口高校の校長の事件を話し合っているではありませんか。

こちら、6人、元同業者。

胸を張って、お湯割が飲めませんでした。

ここには書けない教育界の破廉恥を、話し合っているんです。

身震いする思いでした。

肩身がせまいといいますが、顔を上げるのが、恥ずかしいばかりでした。

この事件は、最初、インターネットの遊びがエスカレートしたのかな、と思っていましたがどうもそうではないようですね。

教え子に夢中で、奥さんも危険を感じて困っていたというのですら、全く狂った男の結末なんですね。

50男が、校長がこんなに狂ってしまうと言うのは、どうしても理解できません。

誰の頭の中にも、大なり小なり悪魔はいるかもしれません。

皆無ではないはずです。

その悪魔をどうして取り押さえられなかったんでしょうか。

あと、20年をどうやって生きていくのでしょうか。

何百人もの高校の生徒たち、大人不信に悩み続けるでしょう。



いてもたってもいられない、悩みの夜です。




森林公園の撮影会



池袋から1時間、川越から25分。

森林公園の駅に着きます。

そこから、7分のバス。

600本の梅、1万株の福寿草、そして水仙が満開です。



紅白の梅 雲が形良かったので、1枚。





梅と松 竹は無し





盆栽のような梅





犬を2匹連れているお姉さん




花見のおばさん達

スクリュー


今日は、地元の公民館のお手伝いで、お台場まで行ってきました。

帰りに、どうしても寄りたかったのが、船の科学館でした。

自衛艦と漁船の事故で、船のイメージが変わってしまったからです。

船には、大きな夢があって、世界に道がつながっていて、美しい世界しか頭に無かったのです。

それが、大きな、山のような、魔物のような、気がしてくるんです。

そして、冷たい海の底が、見えるんです。

造船の歴史を見たり、タグボートのハンドルを握って、船を動かしてみると、いくらか気が晴れてきました。

庭にあった、スクリューをお目にかけます。



 ・・・・・・・



これ、スクリューの一枚の羽なんですよ。

どうして、石仏撮るの


地元の写真研究会に出ました。

10人ほどの集まりでした。

我こそはと、肩に力が入った会員の皆さんです。

祭りを撮る人、地元の里山を撮る人、コラージュを撮る人、山岳写真を撮る人、ヌードを撮る人と、様々です。

地元や都内での個展経験者や写真集を出している人もたくさんいます。

みんな、一言言い出すと、止まらないハイアマの集団です。

ですが、他人の気持ちを大事にする、温かい皆さんでもあります。

そんなわけで、都合のつく限り参加しています。

私への質問に、どうして石仏を撮るのから始まりました。

この前のときは、何を主張しているのか分からない、そんな質問が出たこともありました。

こちらも、石仏を撮り始めて10年。

なにか、言わねばと思いました。

仏さんにお願いをしながら、お祈りしながら撮っているんですよ。

相手の方は、きょとんとして納得いかない様子でした。

もっと、高級な写真論・芸術論が聞けると思ったんでしょう。

どうして撮っているのかと言う質問への回答は、単なる自己満足、自己肯定になってしまうような気がします。

好きだから撮っているんです。

その時を忘れないように、撮っているんです。

ただ、それだけです。

こういうわけで撮ってるんだと言うのは、後から付けた屁理屈です。

山を撮る人は、山が好きだからだと思います。

石仏が並んでいると、自分や友達のような気がしてくるからです。

隣の悩める友人のように見えてくるからです。

だから、つい押したくなるんです。

これは、菩薩と水子地蔵を組み合わせて撮ったものです。

菩薩と二人の子どもが、話をしているように見えませんか。

なんの主張もありません。

菩薩と子どもの会話を写しているんです。

この写真を見て頂いた方が、私と似たような仏の世界に触れてくれればいいんです。

そうでなければ、苦しくて写真なんか撮っていられません。

報道的な写真、記録的な写真は、それはそれで価値がありますし、訴える力があります。

たくさん感動的な作品も見ました。

写された状況も見て来ました。

ですが、私が撮っている石仏写真は、私が感ずる石仏と私の対話を撮っているんです。

大げさなものではありません。

石仏が好きだから、石仏の前に行くと石仏の話し声が聞こえてくるのです。

だから、その声を撮るんです。

ただ、それだけでは、前に出ないのかもしれません。

自分のために撮るにしても、人のために撮るにしても、足場が必要な気もします。

ゆっくり考えて見ます。



私がお世話になっている「日本石仏写真家協会」の会長さんは、仏を皆さんの前にお連れするのだ、と言っておられます。







いかがでしょうか。
プロフィール

田舎教師

Author:田舎教師
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。