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満月・・・皆既月食



皆既月食は、満月の晩かと思っていた。

明日だそうである。

残念ながら、7時のニュースでは明日の関東地方は曇りとのことだ。

久しぶりに、500ミリレンズを持ち出して、月に向けたが小さかった。

3倍の補助レンズがあったので、これを着けて8時ごろ撮影。



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久里浜霊園・・・・三浦大仏


京浜急行の面白い駅、YRP野比で降りた。

品川から、60分程である。

40年ほど前に臨海学校来た久里浜を過ぎて、すぐだった。

タクシイで、10分。

山の中腹に大仏が見えてきた。

三浦大仏と言うそうだ。

雲がきれいだったので、まず、一つ押した。


石仏を越しに、海が見える。

船が走る。

残暑厳しいが、夢中でシヤッターを押す。


また、坂をのぼると五重塔が見えてくる。

木陰から、羅漢を背に五重塔を遠望。

後ろの林から、せみ時雨。

入道雲もだんだん上って上ってくる。


こんな、不思議な石仏群に、お会いできた。

中に入って、しばし言葉につまる。

何年たったろうか、、多摩地区から埼玉南西部にかけて、それから、東京の江東区だったろうか、幼稚園児が何名も殺害されたとう事件があった。

犯人は、東京の五日市の男性だった。

その子どもたちの供養等が、この石仏群なのである。

シャッター押すのが、苦しかった。

二度とこのような事件が、起こらないよう願ってとの碑文に、念じて静かに押した。





指の穴から、こんなかわいいお地蔵さんが見えた。



暑い。暑いを連発しながら、2時半ごろ山を降りた。

レインボウ ブリッジ



汐留からユリカモメに乗った。

芝浦ふ頭で降りて、レインボウブリッジまで歩く。

10分ほどで着く。

5時に、外国航路の客船が晴海ふ頭から出航するというので、オクレマジとひたすら歩く。

客船は、思ったより速い。

あっという間に、通り過ぎる。

バックをどの辺にしようかと、狙いはつけておいたが、このデジカメでは平凡になってしまった。

フイルムの方は、青い高速道路の橋げたを、横に流れるように入れてみた。

どんになったか楽しみである。







また、ひたすら歩く。

ユリカモメが通って、トラックが通って、レインボウはゆれる。

アメリカの橋が崩れた風景が、ふと、頭をよぎる。

監視員の制服姿の職員と会う。

「ご苦労様」

と言うと、にこりとされる。

テロ対策もしているんだろうな。

そんなことを思って振り返ると、落日である。

うまい所を船が通ってくれない。

残念。

観覧車の夜景を撮る。

観覧車は、8時で消灯。

新橋で、極楽、極楽。

帰宅は、10分ほど次の日、22日だった。

桧原村..........払沢の滝




今日は、滝の撮影会に参加した。

武蔵五日市駅から、バスで20分ほどである。

20年ほど前に、低山俳諧としゃれ込んで、訪ねたことがある。

歳を経たためか、前よりもすべて遠く感じられた。

たくさんの見物客。

滝の前に、座り込んでしまっている老人や若者に、静かさを感じた。

案内書に水が飛沫となる場所で発生するマイナスイオンは、健康にいいとある。

これを読んだのかな。





ちょうど祭りの日である。

ラムネも清水の桶に、浮いている。

太鼓が、遠くまで聞こえてくる。

お盆開けの静かな山里である。

暑さを忘れ、3時ごろ滝を後にした。

かわいそうなぞう



この夏は、あまりの暑さに、外に出なかった。

テレビのお世話になった。

1週間ほど前に、

「千の風」特集として、「かわいそうなゾウ」と「はだしのゲン」が、放映された。

改憲派のつもりだが、8月だけは、どうしてもその気が揺らぐ。

どんな理由があれ、戦争はあってはならない。

9条は、守らねばならないと思う。

単純に、8月だけは、護憲派になる。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「かわいそうなゾウ」は、ご存知の方が多いと思うが、

終戦間近になって、動物園のゾウを殺すと言う童話である。

空襲があると猛獣が、外に逃げ出す恐れがある。

市民に危害を与える。

薬殺することになる。

小さな動物は殺せたが、ゾウはそうは行かなかった。

餓死させることになる。

餌をほしがって、ゾウは芸をする。

そして、餓死する。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・

この原作者は、実は、わが市にお住まいだった方である。

土家由岐雄という。

「童句」の創始者でもある。

狭山市の「子ども動物園」の入り口に、文学碑もある。


狭山市においでのせつは、ぜひ記念碑を訪ねてほしい。

狭山市の西口から、近くまでバスが出ている。



 このゾウさんは、多摩動物園で撮影

田舎教師と私



昨日、8/14には久しぶりに、田舎教師の里、羽生にお盆の帰省をした。

親戚まわりがすんだので、弟に、田舎教師の文学碑に連れて行ってもらった。

10年ぶりくらいである。

きれいに整備されていた。

私が、卒業した小学校の先祖さまに当たる弥勒小学校が、田山花袋の名作「田舎教師」の舞台になっていたわけである。

恥ずかしながら、このブログのペンネームは、ここから頂いた。

こんな文章がある。

「二冊の作文帳・・・・・小説・田舎教師に登場する田原ひで子のモデル田口もんは、私のおばである。田口もんは、私の父の姉で・・・・・・・・・ 田口郁夫」

この田口郁夫先生は、私の中学時代の英語の先生だった。

白墨の箱だけ持ってきて授業する、若手の先生ばばりだった。

今でも、 ハウオールド アー ユー と覚えている。

その母上が、田原ひで子・田口もんの義理の妹にあたる田口鈴子先生である。

実は、小学校1.2年生の時の担任だったのである。

私の母などよりは、ずっと背が高くすらりとした方だった。

私の名前の中には、「む」の字があるのだが、最初の丸める所がどうもうまくいかなかった。

習字で、何回も手伝っていただいたことを思い出す。

それに、今話題の不登校ぎみだったので、大分迷惑をかけた。

祖母が自転車に乗せて、1.5キロほどの学校まで送ってくれたこと、恥ずかしながら今思い出した。

そんなわけで、「田舎教師」に関係ある御宅に、2代にわたってお世話になったことになる。

このことは、ずっと後でわかったことなので、残念ながら、「田舎教師」のことはなにも伺ったことはない。










古い作品なので、文学史で習っただけ方が多いかもしれない。

新潮文庫の裏表紙に作品紹介がある。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

家庭貧しく進学できない文学青年林清三は、寒村の教師として赴任する。彼は、文士の動きに熱っぽい関心を持ち、同僚を見ては、まごまごしていると自分もこうなってしまうと焦るが、やがて憧れは薄れ、教員生活に埋もれてゆく・・・・・・・。野心に燃えながら田舎の教師として短い生涯を終えた青年の出世主義とその挫折を、田舎町の風物や生活の中に描いた自然主義文学の代表作品。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

文学碑の前には、市運営のバス停がある。

車のように前方に行くと、冒頭の「4里の道は長かった」の羽生・行田方面に向かう。

300mほど先には、東北自動車が走っている。

この道路は、その上を走る。

左方面・東京側には、羽生SAとなる。



石川啄木に重ねながら、実家にもどった。

せみ



夕方、アミドで急にせみが鳴き出した。

この家に10年近く住んでいるが、初めての経験である。

異常な暑さのためなのか。

外国でも、17年せみの大発生があったと、2.3日前のテレビで放送していた。

となると、

世界中のセミのすけ、何か異常を感じているのかな。


少々暗かったが、落ちていた抜け殻2匹分を、こぶしの木にたけてやった。

ささやかな、供養である。

ゴーヤ



我が家のゴーヤは、くきと葉ばかり茂って、花が殆んど咲かない。

肥料をあげすぎなんだろうかと家内が心配している。

それが、なっていたんである。

こんな、シンドローム形の太目のやつが2本取れたのである。

やっぱり、肥料のやりすぎか。

バックの1ますが15センチであるから、結構大きい。

旬の野菜は、旬の時食するのがいい、と聞いたことがある。

暑いときには、植物は暑さよけの成分を蓄えているんだそうだ。

なるほど、自己防衛本能の発動か。

科学的にどれほど食品分析されているか分からないが、分かるような気がする。


今夜は、シャケの中骨とゴーヤを炒め煮するそうだ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


暑い。非常に暑い。室温・・・・・今日も、35℃である。

夕方5時からの都内での撮影会、老人は熱中症がこわいと家内から止められてしまった。

こんなことは、めったに言ったことがないので、従うことにした。

遺影・・・・お葬式の写真



2年ほど前に、叔母の葬儀に参加した。

102歳で、明るい都会の叔母さんだった。

遺影は、100歳の長寿の祝いのときのものだそうだ。

10歳も若く見えた。

誰も泣いている人なぞ居なかった。



実はである。

夕べの写真の会の暑気払いで、みんな何歳まで生きるだろうなあと、話し合っていたときのことである。

親友が、母が危ないんだと言う。

100歳を超えていることは知っていた。

うつかり、全くうっかり、その場で都会の叔母のお葬式の写真を話題にしてしまったのである。

親友に、不見識で申し訳なかったと、その場で謝罪した。


今日は、一日そのことが頭にあって、すっきりしなかった。

お昼を食べながら、家内にこの話をした。

100歳過ぎているのなら、気にすることはないとのことである。

すべてに、気にすることはないよ、大丈夫だよと言う楽観主義者の家内の意見に従うことにした。

少々、気が楽になった。

何年生きる


暑い。

暑い。

室温は、32度を超えている。

冷房をかけたくないが、スイッチを押す。

夕べ地元の写真の会があった。

暑気払いの時の話題である。

あと、何年生きるだろうか、ということになった。

10年という人もいれば、5年という人もいる。

70歳くらいの人は、10年派が多い。

75歳くらいの人は、5年派である。

すると、平均は80歳位ということか。


何歳生きるかは、写真には関係なさそうだが、実はそうではないのである。

2.3年前は、600万画素あれば、話が通じたが、この頃は、1000万画素の機種が話の中心だ。

たいして違いはないが、600派の全紙は、たじたじである。

そこで、一眼デジカメが、急速に様変わりするので、買い替えをどうしようかというのである。

次が出る、新しいのが出ると買わずにいると、あの世に行ってしまうというという話だ。

予想寿命にあわせて、カメラを買おう。


 写真は、高野山の福智院の宿坊で撮影。19.7.17

ダツラの花




庭の片隅に、ダツラが咲いた。

朝鮮朝顔とも言うそうだ。

朝顔を肉厚にした花を思えばよい。

10何年か前に、秩父の札所で頂いたものだそうだ。

華岡青洲が、麻酔薬にしたというので、有名になった植物である。

麻酔なんて言うと、身震いするが、知らなければ、ちょっと大振りだが

清楚な感じがする。

葉っぱは、ナスに似ている。

ナス科かもしれない。

それにしても、ダツラなんて、仏教から来ているんだろうか。
プロフィール

田舎教師

Author:田舎教師
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